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ニホンゴハムズカシイ [自分が考えていること]

下の言葉を、句読点や「」()等の類を使って、発言者の意図も汲み取り文を完成させなさい
<まずは皆さんにお帰りなさいと申し上げたいと思います>

これは日本国のリーダー、安部総理が郵政造反組11名復党の際、どっか(多分官邸かと)にこの11人と記者団を呼んで最初に発言した(と思われる)言葉である。こうまっさらに並べてみてもそうだが、聞いた瞬間にも非常に引っかかるというか、意図が良くわからない発言。

安部総理は総理就任後から日本語が"おかしい"。所信表明の際に「・・・と思います」等の第三者的もしくは曖昧な言い回しで、メディアからかなりのタコ殴りに遭ったのは(?)代表的な話。官房長官時代「ホントはこいつ、かなりの怖いお人なのかな」と思ったのが拉致問題での公式コメントの節々に現れていた強烈な語彙・言い回し。この時は「ハッタリは世界レベルだな」と思ったのだが、総理就任後一転、物凄く世間の目を気にするような昔の政治家的昭和発言集。この他に面白かったのが、毎年漢検協会が発表し清水寺にて書かれる「今年の一文字」の話題で、記者から「総理のこの一年を一文字で表せば?」との質問に、「変化」「・・・一文字では?」「責任」と2回も二文字でお答えされた。所謂「テンパってる」状態。

話は変わり、そう数ヶ月で評価をされたのではたまったものじゃないが、不運が続いている安部内閣。「小泉前首相の描いたものを引き継ぐ、改革内閣」と表面上謳っているが、明らかに"小泉の残像"を一掃しようとしているのが見えてくる。私はこの姿勢に賛成であるが、これ以上政治云々の話は飛ばして、内閣の顔ぶれ・打ち出している指針・発言の至る所に「脱・コイズミ」が見えているのは私だけだろうか。「コイズミ」という名前と「アベ」という名前は全く同じものではないが、「ソウリ」である事は間違いない。世間の目は厳しいが、厳しい目の矢面に立って当然、という結論になってしまうが、どうなるか。

話は戻り、自分の意思100%の発言で無い場合、人間は言葉を選ぶ。特に大人の世界では同じ意味で捉えられるものでも、出来る限り聞き手に差し支えない言葉を選ぶ。でも、自分の意思が乗りきれていない段階で、その言葉は"自分のものではない"言葉が含まれるようになり、段々聴いてる方も『怪しい』と思うほど言葉がヘンになってくる。ましてや表現等がややこしい(と私は勝手に思っている)日本語であれば尚更。日本人に生まれて本当に良かったと思う事もあれば、「ニホンゴ」のせいで悩む時も多々。まぁ、勉強と経験ですな。・・・これだけ好き勝手に言って、この締め方で良いのだろうか???

ちなみに、このブログにも日本語の難しさが色濃く出ています。書いてて、私も今知りました。
×安部晋三 → ○安"倍"晋三
日本語って難しい。(敢えて、修正してません)

解答例)betchy君の答え
まずは皆さんに、「『お帰りなさい』と申し上げたい」、と思います(?)


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別れの美学 [自分が考えていること]

唐突だが、私はある大手生保の損保子会社で、名古屋の企業営業を仕事としている。

11月末で同期がまた一人辞めた。この出来事で感傷に浸る気はさらさら無いが、その別れ際に疑問があり、去る者に追い討ちをかける行為になるが、敢えて。

その前に、私の会社は規模の割には新入社員をそこまで多くは取っていない。つい5~6年前、日米経済摩擦の解消の為に始まった"保険自由化"の煽りを受け、国内生損保の合併ブームのさなかに前身の会社と親会社=生保の損保子会社とが合併、今に至っているが。その合併時から新入社員は少ない。多分、
①コストをこれ以上増やしたくない事(労働力をコストとしてみていれば、の話だが)
②業界再編時に疑問を感じた人を拾う為に、今も中途入社が多い事
③規模はどうであれ子会社な為、親会社の"受け皿"になっている事
こんな理由で少ないのだろう。で、その中で合併後の中でも比較的多い67名という総合職が入社した。今ではそんな同期も55名前後。「3年3割」という定番の離職率の中では比較的低い状態か。これは、多分比較的多い同期が全国に点々バラバラなのに横の繋がりが強い為だと思うが。そう信じたい。

で、話は戻し。ある朝、自分のメールボックスを開ければ彼からの別れのメールが。同期全員へそのメールは送られていた。その前の日比較的早く帰ったので送ったその日に見られなかったのだが、こんな文面

「11月末で辞めます。でも、有給消化してもうここには出てこなくなるので、最後に皆さんにご報告と別れを。」

返信しても向こうはもう見ないだろうし、元よりこんな内容では返す気も失くす。あれだけ色々語り合った仲なのに、何故こんな体の悪い報告をするのだろうか。

彼は多少根暗だったかもしれないが(私も人の事は言えない)、明るく人付き合いも問題無くこなす好青年であった。しかし、仕事のになれば社会人として何か欠落した面を持ち合わせていた、見た目では全くそう見えないのに。彼が最後にいた職場は、商品に関しての疑問への照会受け作業や設計等を担っていた部署、所謂"バックオフィス"というのか。彼に疑問を投げかければ、メールでは返信が遅い、電話したらその場で保留を5~10分、場合によっては数十分保留メロディーが受話器越しに流れる状態だったという"被害"報告も受けている。

一度直接会った時にその点を指摘しようとやんわりと話を振ったことがあったのだが、本人は自覚症状があり、出来る限りの改善を私に誓ってくれた。と同時に、職場のプレッシャーが強い事も一緒に訴えられたが、そのプレッシャーは他の部署でも一緒だよ、でもお前にとってマイナスの部分であれば上司と相談した方が良いよ、とアドバイスをしておいた。結果は双方とも何も変らなかったようだったが。

で、問題のメール。これだけ見ればツッコミどころ満載。なんせいなくなる当日、しかも夜遅くに報告。こちらとしては連絡のしようも無く、しかも事前に知らされていないので疎外感たっぷり。そしてそして、メールの中には「報告遅くなって、しかもこんなメールでさよならで、申し訳ない」とまで書かれている。明らかに"企て成功"である。所謂重過失ではなく未必の故意である。

腹が立った、久しぶりに人の行為に対して腹が立った。

でも逆に考えれば、こうまでして報告を計画していたのは、そこまで追い込まれていたのかもしれない。本当に信頼出来る人にしか事前に話をしておらず、また退職という行為自体が周りからすれば否定・誹謗中傷の対象になる危険性がある、と考えていれば、世間から逃げ切れる状態で計画的に逃げる、と。そうなってくると、彼の行為は会社・職場・仲間の問題として捉える事も出来よう。

もっと根本的に考えれば、彼の"欠如"部分が先天性のものであったら・・・。現代ではまだ理解されていない部分が多々ある。日常が生きられる人の中にも、生まれつきある行為だけが一向に改善出来ない人だって中にはいる。そこまでの状態ではないにせよ、周りのフォローが必要な人間であれば、フォローできなかった者にも責任があるように思えるが・・・これは考えすぎだな。

ただ、彼はちゃっかりしている。12/1付で別の会社に勤め始めるらしい。どうも噂だが、同業で。社会人としてはこれからの勤めで勝ち負け出てくるが、転職者としては一応"勝ち組"か。いずれにせよ、今後の彼の仕事人生を彼なりに頑張って欲しいし、どんな所で仕事したって勤め人として欠如している部分は順に直していっていただきたい。彼の為でもある。

人の振り見て我が振り直せ。勉強になりました。


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2005年度を振り返る-仕事編 [自分が考えていること]

2005年度が無事?終わりました。今年は本当に色々なことがあった、2004年度以上に。ということで、真面目に振り返ってみる。今打ちながら聞いてる東京事変「大人」も消して振り返ってみる。

2005年度 仕事について(私の業界の独特な表現も出てきますが、敢えてそのまま載せます)
一言で言えば「辛抱」の年。結果からすれば年間対予遂行率(予定)は70%台前半。これでも戻ってきたほう。2月までは60%台後半を爆走していた。全国の順位で言えば、当然ビリ。25年間の人生でも初めてのビリ。色々な要因があり、ほぼ全てにおいて自分とは全く無関係な部分で苦しんだという点。年初から約7,000万のカラ、しかも担当代わったばかりで大型案件はあるわ、頑張っても絶対減るっていう仕事はあるわ、放っておいても数字が上がる客先も無く、この「進む道さえ無い」という状況。口では「こんな状況ですけど、めげずにがんばります」とか言ってたが、年半ばでほぼ今年度は諦めていた、それどころかやる気さえ無かった時も。
しかし、辛抱する時にはその時なりのやる事ってのはあり、営業社員としては腐っていたが、一会社員としては営業以外の仕事だけはキチッとやったつもり。前任者まで全くしていなかった客先の情報整理だとか、イレギュラー取引の適正化、低利益率取引の縮小整理、客先との上席同士のパイプ作り等等・・・そして何よりも営業社員としてやってはいけない「年度内での数字の諦め」を逆に契機として来年度の案件掘り起こしに集中。それに今年の3月頃から私自身の景気である「運」自体も上昇傾向にあり、来年度はなんとか頑張れそう。
辛抱するということは、決して今いるフィールドで今まで通りの動きをし続け、もがき苦しむ事ではない。そのフィールドでも絶対に何かしらやるべき事があるわけで、それをしっかり遂行することが大切である。その行動が同時に、打って出るチャンスを窺いながら力を貯めておく行為となる。
辛抱は、我慢ではない、チャージである。

ということで、来年度こそ予算達成。
・・・実は「予算達成」とか、こういう営業染みた言葉って嫌いなんです、泥臭いのが嫌なんです、マジで。でも今年はこだわってみます、営業社員としてではなく、一人の男として。この1年出会った出来事を整理し、異動発表(名古屋残留)を告げられてから約1ヶ月、自然と出てきた答えがこれでした。自分の希望を叶える為に、自己満足心を潤す為に何回も自問自答して、どんなに深く考えても、結局行き着く先、最後に出る答えはこれでした。けど、口に出していうのは恥ずかしいので、言葉では言いません。このブログくらいです、こんなに文字をはっきり出したのは。

と言っても、まぁマイペースな方ですから、自分なりのスピードでテキトーに頑張ります。自分で覚悟を決めた事は、想像以上に速いスピードでやることを自分で知ってるので、テキトーって言ってもかなり早そうですけど。とりあえず、自分の体制を整える為に・・・部屋掃除しよう・・・


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実家が喫茶店ということ [自分が考えていること]

私の実家は喫茶店である。名古屋で喫茶店、実に「らしい」家庭であるが、両親とも九州生まれ、福岡と長崎。親父は脱サラして修行して店を開いたらしい。「早めにリタイアして喫茶店でも開けれれば幸せだろうなぁ・・・」なんてな話も良く聞くが、とんでもない。開店して3ヶ月がんばってもあと3年は泣かず飛ばずを踏ん張らなければ土着店には成り上がれない。今でこそ安定しているが、この30年は苦労しっぱなしだっただろう。

よく子供の頃「お前んち喫茶店でいいなぁ、パフェとかスパゲッティとか食い放題なんだろう??」と言われていたが、食い放題ったら簡単に飽きるよ。こればかりは一長一短。正直飯には困らない。子供の頃だと週刊マンガ読み放題・アイスクリーム食い放題。大人になってもコーヒー飲み放題。しかし当然デメリットも。基本的に休みが少ない。うちは「人様が休んでる時に働けば、儲かる」という主義。なので正月・お盆営業は当たり前。定休日が祝日なら休み返上で開店する。そりゃそうだ、正月・お盆は昔はどこの喫茶店もやっていない。うちがやれば、当然他の店の客も来る。世間で言う「お休み」は当然みんながコーヒーを飲みに来る、家族で朝ごはんに来る。あとは、景気に変動されやすい。バブル崩壊後は気付かない間に食卓の品目が減っていたらしい。親父もお袋もしっかりしている為バブル時代はあまり無駄遣いをしなかったそうだ。だから世間よりも普通の生活は出来たのだが。そういう苦労もあって、地元では1、2を争う「老舗」に発展した。

このような家庭に育てば、私もそんじょそこらのサラリーマン家庭の息子よりは金にうるさく「実利主義」な人間に育つ。金の怖さも大切さも身に染み付いている。このような家庭では息子も経営参画する。近くに吉野家がオープンした時に、うちのランチに「牛丼」という物があったのだがめっきり売れなくなる。業務用のパックを使っているのだが、ふとパッケージを見ると「すき焼き風」と書いてあった。そこであるアイデアを親父に提案。試しにやってみた所、見事注文数を倍増させた。方法はいたって簡単。パックのものをそのまま使っていたのだが、煮詰めている際に溶き卵をかけ名前を「すき焼き丼」にしただけ。自営の喫茶店はこういった創意工夫「のみ」で売り上げアップ・コストダウンの努力をしている。こういった経験が身に染み付いているため、会社でも上司の考えたアイデアが失敗するかどうか大体鼻が利いていまう、そして全く実行しない。実際成功した例はほとんど無いので今は助かっているが。

名古屋の喫茶店は全国的に見ても本当に「ヘンな」物・ルールがあるというのは、テレビ等でよく取り上げられる。今日は長くなったので、その話はまたどこかの「なごや飯」シリーズの時でも。


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小さな幸せ、大きな喜び [自分が考えていること]

憂鬱な日曜の深夜なので色々考えている最中。金曜突然、同期より電話。
「久しぶりに悩んでるんだ」どうした?
「『何の為に働いてるんだ?』の答えが出なかった」・・・俺もすぐに出ないっす。

確かに、今一番の悩みはそれ。他には『将来何がやりたいのか?』。この問いにはすっかり答えが出なくなっている、就職活動の時には嘘でもスラスラと言えたのに。ちょっとした希望はあるのだが。「東京で生活すること」。見た人からすれば「何だ、それ?」と思われてしまうかもしれないが、私にはこんな事でも立派な希望である。大学時代に過ごした東京、それは名古屋から出た若者には非常にインパクトのある環境だった。仕事・遊びでも少ないながらも色々行ってはいるが、人・モノ・情報がずば抜けて多いのは東京だ。

基本的に欲張りな私はそんな東京に一種の憧れを抱いてるのだと思う。物価も高いし、人も冷たい、それこそ人の多さに群衆の中に埋もれた一人の歯車としか化さないような状況。しかしそんな東京でも頭の先までずっぽり埋まってみたいのだ。正直、今の私にとってはこの希望を叶えられるのなら今の仕事を捨てても良いと思っている。特段今の仕事にやりがいも無く、何の為にも働いていない。敢えて言うなら金、もしくは生活のため?

虚しくなる。つくづく虚しくなる。NEETが増える理由も分からなくもない。目先の安堵感を得られれば少しは楽になるかも。彼女でもいればちょっとだけ仕事に集中するのかな。それなら今の状況を受け入れ、変化も少ない生活を目指してもいいんじゃない?

涙が出る。無性に泣きたくなる。

とは言うものの、時間は刻々と流れ、呼んでもいないのに明日はやってくる。朝起きたら会社に行き溜まっている仕事をやりこなさなければ。酒でも飲んで寝ます。

暗すぎるので最後に良い話を。懸賞出したら当たりました、ファッション雑誌の香水以来。ただモノは言えませんが・・・明日も皆さんに、そして私に良い時間が流れますように。


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憂鬱=melancholy [自分が考えていること]

知り合いのブログで勉強したことだが、自殺の割合を曜日別に分けると、どうも月曜が一番高いらしい(ネタパクってごめんね、ねこ)。「ブルーマンデー」と言うそうだ。
私が表現するなら、Sex Machinegunsの歌では、サザエさんが終わっちゃうと憂鬱な月曜を否が応にも思い出させられるとのこと。IGNITION  (CCCD)
私は一応この歌を基に大河ドラマを見ながら(実際には見させられながら)飯を食った後に、次の日の準備を始めることにしている。それまでは他人との話も他人とのメールの話題にも絶対に「明日は月曜だ」的な話題を出さない。他人から切り出されても、なんとかして回避する。


って言ってても、明日は月曜・・・一番嫌なのは、週例会議とやらの為にいつもより30分早く起きなければならないこと。まぁ、営業であるため、うちのリーダーに今週の行動計画とやらを報告するのは致し方ないとして、はっきり言って朝が弱いのである。朝が弱い話はまた機会があればするが、それが私の日曜の代表的な憂鬱・・・

さぁ、寝るか・・・明日も良い一日でありますように+何か良いこと有りますように。


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